《望みは何?》はじめに的を置こう!〜キャシー・マデン先生とのレッスン(2013/05/21 東京・目黒)

この記事は約8分で読めます。

切り株に腰掛けてヴァイオリンを演奏している・いちろーたの写真

 今夜はキャシー・マデン先生とのレッスンがありました。レッスンで何をやろうかと考えることも楽しい時間です。今夜のレッスンは、アレクサンダーテクニーク教師向けのレッスン、そして、教師になることを目指して訓練をうけている生徒さん向けの特別クラスでした。3時間にわたるレッスンで、10人以上の活動を題材として扱いました。僕は、その2番目にヴァイオリン演奏をみてもらいました。

 今回はW.A.モーツァルト作曲【ヴァイオリン協奏曲第5番イ長調K.219】の第1楽章からAdagio……ソロ冒頭のゆっくりとした部分です。

1度目の演奏

僕の思い「とにかく演奏しはじめよう」

 僕は演奏しました……。前回のレッスンで学んだリーディングエッジ《動きの先端》のことや、それ以外にも色んなことをこれまでに学んだことがあったよなー、と思い起こしながら、楽器を構えて演奏をはじめていきました。

演奏し始めて顕在化したもの……

 ところが、僕の中に混乱が生じて、指の動かし方に迷いが出ました。僕がいまこの曲を演奏するにあたって、なにか重大な欠落があるように感じたんです。ということを僕が感じるかどうか、「ああ、これは手に負えない状況になっているかもしれない」という確信に変わったときに、キャシー先生は僕の演奏を止めて、こう言いました。

キャシー先生の問い「何に取り組んでいるの?」

望みが全てを照らし出す

専門家に対してはちょっと確かめる必要があります。
たとえば「弓の毛のこっちから4本目を使うにはどうすればいいか?」ということに取り組んでいる場合があるからです。
だからほんの一言「何に取り組んでいるの?」と問いかけておくことが必要です

……とキャシー先生は言っていました。問いかけによって、大事なこと(何のためにそれをするのか=目的)にイカリを下ろすこと(ancoring)ができるという意味があるのだなと僕は気づきました。

 この問いかけは、《ただ歩く》とか《ただ座る》とかであっても有効だし、なにかを演奏するための練習であっても同じように有効だといえます。具体的にどんな状況下で、あるいはストーリーの中で行われる活動なのかを思い起こさせるために、優れた問いかけとして使ってみることができます。

僕が気づいたこと

 「何を探求しているの?」という問いかけに対して「この曲を演奏しようと思ってはいなかったかもしれない。だから、どう弾こうか迷って、自分を困らせてしまった」つまり、自分の願望に対して小さなブロック(障壁)をかけてしまったのです。

 願望を持つ、動機づけるということが力を与えてくれるんだな。

 そして、このとき自分のなかに持って、自分と共に育ってきた、《深いところにある思い》の存在を思い出しました。そのことについては、レッスンの表面上の本筋から脱線してしまうので改めて書くことにします。

次なる実験を始める前に……

次の演奏をどうするか?

 さて、「演奏したいはずなのに、演奏しようとしていなかった」という、自分で自分を止めていたことに気づいたところでキャシー先生から演奏のお誘いをいただきました「今夜はどんなコンチェルトを演奏しますか?」……そして僕は「やっぱりこれ(モーツァルトの第5協奏曲)をひきます」

キャシー先生の問い「本当にこれを演奏したいの?」

 キャシー先生は僕の何を見てこんなことを言ったのでしょうか。つい聞きそびれてしまいましたが、僕は「これをやります」と言いました。(今夜はとにかく、キャシー先生に見て欲しい。僕が演奏中に気づかないうちにやっていることを見つけて欲しいんだ)と思って言い切ったのかも知れません。

2度目の演奏

大きな違い

 僕は2度目の演奏をしました……。「さっきとはずいぶん違いましたね」と、2回目の演奏もキャシー先生が止めました。演奏中にはキャシー先生が見守っていることだけでなく、クラスのメンバーがうなづいている動きや、「おおお」「へええ」とかいう声も聞こえました。どうやら、その場にいたクラスのメンバーのほとんどが違いを見つけたようです。音に違いを感じたのか、動きに違いを見つけたのか、僕自身は音も動きも違っているのがわかりました。

僕が気づいた《違いの原因》

 「この場での演奏を楽しむぞ」と強く思っただけでした。そして結果的には、さっきあった支障となるような動きは消えて、意図が動きとして明確に現れるようになったのでした。「これをやりたいぞ!!!」ということを明確に、強く思って始める、そしてそこに力を与え続けることがこんなに役立つとは!

キャシー先生の提案《左手の探求》

アレクサンダーテクニークが「技術を鍛える」ためにできること

 ここで一度演奏から離れて、演奏のための動きの探求に入っていきました……。「新しい技術を構築するために、明確な通り道があります。左手に関して、アレクサンダーテクニークが提供できることがあります」と。

 僕には、思い当たることがありました。2度目の演奏をストップする直前、トリルを演奏する区間あたりで、左背中というか脇腹というかそのあたりの部位に僅かな痛みを感じたからです。「痛いけど、でも演奏を見てもらいたいんだ」と僕は思っていたのです。キャシー先生も、同じようなことを見て取っていたようです。

楽器を構えるよ……何のためかっていうと、演奏をしたいからだよね?

 「じゃあ楽器を構えて……」キャシー先生に誘われて、楽器を構えようとして楽器を構え終えるかどうかのときにキャシー先生が「ヴァイオリンをひきたいからだよね」といいつつ待ったをかけました。(痛みを再現しようか、いやいや、そんな必要はないんだった)と僕が逡巡したのを見たからだったのですね。

指の動きの再教育(脳トレ)

左手の仕事は《弦をストップすること》《弦の長さを変えること》

 驚いたことに、キャシー先生はヴァイオリンの渦巻きを持ち支えながら、楽器から僕の左手を離すように言いました。(これって僕の言ってる「二人バヨリン」の超・基本形じゃないですか!自分以外の人にやってもらうのは初めてかも知れない)と思いつつ、左手を開放しました。(やることがないって、こういうことなんだな)と開放感を味わっていると、キャシー先生の手が僕の左手をヴァイオリンのネックのほうへ……いや、正確にいうと指先を弦と指板(指盤)に向かわせるために手をとって運んでいます。

 指先が弦に触れるように、そして弦を越えて指盤に触れるような方向へキャシー先生が力を与えてくれます。指が弦に触れて、さらに指盤に触れたかどうかくらいのところで、キャシー先生は指を指盤から離して弦からもわずかに離れるかどうかの運び方をしました。

 他の指も、それにならっていきます。ひとつひとつをゆっくりと確かめていきます。(ヴァイオリンに触っていて、指をこんなふうに動かすのは初めてかも知れない)と思いました。

キャシー先生のサポート「おっとっと、それは違うよ!」

 指の新しい動かし方を見つけて、アレコレ試し始めようとしたときです。ふとさっきの痛みが戻ってきそうな感じがして、肘から腕全体をわずかに下方向へ・かつ後ろに引き下げてしまいました。そうしたら「いま何をやろうとしたの?」とキャシー先生は突っ込むわけです。なんでしょう、この観察レベルは!

古い習慣の解説「指が仕事をするために邪魔になること」

 簡単に言うと《指だけでできる》のに、体幹に近い関節を固める動きをしていたために指の運動を阻害していたわけです。関節というのは、体幹に近いところで起こしている硬直・拘縮が、末端に行けば行くほど大きな影響力をもって運動を阻害するようになるからです。指先はその典型ですよね。

キャシー先生「私のアイデアを受け取って、あなたはさらに素敵なアイデアを返してくれた」

 キャシー先生が与えてくれたアイデアを受け取って、僕にはメニューインのレッスン映像や、自分のヴァイオリンの先生とのレッスンの光景が思い浮かびました。その映像通りに身体を動かしていきました。面白いほどに、その時に言われていたことがわかりました。

3度目の演奏〜「《右手の探求》もしてみよう」

 左手についてはすっかり新しい使い方がわかって、心配いらなくなったのでした。で、3度目の演奏。全部が変わったんです。左腕は指先も、手首も肘も脇腹も背中も胸周りも股関節も…脊椎も変わっていたかも知れないし、楽譜を見ていてアイデアも新鮮なものがわいてきた。(Adagioが終わって、よしじゃあこのままAllegro Apertoへ行っちゃうよ!)と思って最初だけひいてみたらみんな笑ってくれました。ウケたウケた、よかった!

 そして、キャシー先生からのフィードバックをいただきました。僕が演奏しながら「『指はこんなに長くて、こんなに軽くて、こんなに素早く動くものだったのか』と発見して喜んでいるという様子を私は観察していたよ」と言ってくれました。

キャシー・マデン先生という人……

BODY CHANCE – キャシー・マデンからのメッセージと経歴
若かりし女優であったわたしは、自分の作品へ向ける努力を惜しまなかったのですが、努力のわりに、ステージで出せる効果は納得の行くものとは言えませんでした。アレクサンダー・テクニークを学び始めると、努力の成 …
This is Cathy!!!

 キャシー・マデン先生は、アレクサンダーテクニーク業界で世界一と言われるほどの人です。そして舞台でパフォーマンスする人にたいするコーチングの達人でもあります。キャシー先生は、弦楽器の先生ではありません。しかし、キャシー先生が教えてきた人たちの中には、数多くの優秀な弦楽器奏者がいます。その優秀なプレイヤーとのレッスン経験や舞台パフォーマンスのレッスン経験など、あらゆること、それこそ全てが僕とのレッスンに注がれていることを感じました。次に会うのが楽しみです。

メニューインによるモーツァルトのVn協奏曲第5番

 神童ともてはやされたメニューインでしたが、ヨガなどを日常の練習の一環として取り入れて教育活動にも活かしていった様子が著書などからうかがい知ることができます。このDVDはメニューインとカラヤンが「音楽を作るのは誰なのか?」という対談をしています。オーケストラ?指揮者?ソリストはどう関わるのだろうか?など示唆に富んだ内容です。協奏曲第2楽章のリハーサルの様子も収録されており、カラヤンとオーケストラとのやり取りにメニューインがコメントする様子も興味深いものです。

タイトルとURLをコピーしました