「一音入魂」……キャシー・マデン先生とゲーテ(ある日のレッスンから)
2014年。
今年も、キャシー・マデン先生がやってきた。
キャシーはアレクサンダー・テクニーク教師。演劇など舞台パフォーマーのために大学で教鞭をとっています。世界最大級の「アレクサンダー・テクニーク」学習スタジオBODYCHANCEのディレクターでもあります。
その、BODYCHANCEのアレクサンダー・テクニーク教師養成コースのクラスで、来日したキャシーが何日間かレッスン・レクチャーをしてくれました。
今回紹介する話もそのひとつ。
「難しい曲に取り組んでいます。全部さらおうとすると、めげてしまって、練習にならない。どうしたらいいのでしょうか?」
という、あるバイオリン奏者とのレッスンです。
いくつかのやりとりのあと、キャシーは、取り組みのために実験プランを言いました。
私は、音楽のシロウトでしょ?
だから、あなたから見たら、きっとバカバカしいことをいうけれど、よかったらこんなふうに思ってやってみない?あなたにとって、長い、長い、この作品の……この部分、1小節だけが、この作品のすべてだと思って、演奏するの。
つまり、「この1小節」という作品だと思って演奏する。そうすることで、どんなことが起こるかをみてみませんか?
初めは、意味を飲み込めなかったバイオリン奏者さんでした。
ついつい、1小節を越えて演奏してしまいます。
キャシーが再び、こう言いました。
この「1小節」という「新しい(いままで見出されなかった)作品」を演奏するんです。
数回のチャレンジで、演奏がみるみる変わってゆきます。
さらに、キャシーは言いました。
では、「1音」という作品を演奏しましょう。
バイオリニストさんは、驚嘆の声を上げました。
でも、演奏しました。
そして、大きく、深く頷いていました。
キャシーは、演劇のトレーニングの手法を、バイオリンの演奏に応用して見せてくれました。
そのトレーニング手法とは、演劇のセリフを発するとき、1単語、あるいは、1音節ずつ発するというものです。
・・・
私自身、自分が練習するとき、生徒さんとレッスンするときに「1段だけ」「1小節だけ」「1音だけ」と区切って取り組むことは、これまでにもやっていました。
なぜ、こんなに効き目があるのか、と思ったときに、ゲーテの言葉が思い浮かびました。
真っ直ぐ正道を行くべきだ。いつかは終局に達するというような歩き方では駄目だ。その一歩一歩が終局であり、一歩が一歩としての価値を持たなくてはならない
(エッケルマン著 ゲーテとの対話 (岩波文庫))
どうぞ、新鮮な気持ちで楽曲に向き合いたいとき、ちょっとやる気が挫けそうなとき、それでもなんとか自分を奮い立たせたいときに、このキャシーのレッスンのこと、ゲーテの言葉を思い出してみてください。
きっと、お力になると思います。
いちろーたはこう思った
「1小節」あるいは「1音」を作品として演奏するという実験……みなさんも、取り組んだことがあるかもしれませんね。
ですが、演奏の質を激変させるためには、この実験には欠かせないものがあります。
何をどう実験するのでしょうか。どんな準備をして実験を始めればよいのでしょうか?
同じ実験プランであっても、なぜそのプランを選んだのかという目的によって、レッスンの学びの深さが変わってしまうことを学びました。