【アレクサンダー・テクニーク受講メモ】僕は僕のなかにいる悪魔を垣間見た……

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 今回は、ひとりごとモードです。記憶が生々しいうちに一度書いておきます。(2014年1月31日、BodyChance東京での個人レッスンと、音楽プロコースBodyThinkingクラスの所感)

 先週に引き続き、ショックなレッスンでした。

 今日はふたつのレッスンをたてつづけに受けました。1つは、荒川克美(あらかわ かつみ)さんにお願いして受けた30分間の個人レッスン。もうひとつは、音楽専門アレクサンダー・テクニーク教師養成コースの1つBodyThinkingのクラスで、バジルさんとクラスメイトにバイオリン演奏をする様子を見てもらったんです。

 気分としては、まるはだかにされた感じ。服は着ていましたよ。

自分のなかで考える

バイオリンちょっとひとやすみ

 かつみさんは、印象的なことばいくつかくれました。

 「好きなものは何?」「その《好きなもの》について話すときに、私のなかにその好きなモノを見てみようか」……読者のみなさんのために説明を補足しますね。ぼくは、何かを思い浮かべるときには、目の前の話し相手から目をそらしておいて、話すことを考えていたんですよ。で、話し相手から目をそらしたら、今度は自分自身がここにいることもわすれてしまう。で、考えが自分のなかで行われるのではなくて、自分の外に考えが抜け出てしまっていた……そんな感じです。

 好きなモノを思い浮かべている自分が、目の前にいる人に向かって、その好きなものについて話す。たとえそれがパンであっても、バイオリンであっても、ラーメンであっても……照れくさくなってくるのがわかりました。自分の内面が悟られちゃったらどうしよう……とかも思いました。

楽器を持って演奏するとは、何なんだろうか?

 「自分のなかに見せたくないものがあったら、みせなくてもイイ」「見せてあげる」「見えてもイイ」いろんな対処の選択肢があることを授けてもらいました。その時には「自分の大切なものを見せてあげるよ」と思って向き合うのがよかったみたいです。でも、また変わるかもしれませんね。

自分のなかの悪魔?

 理屈の上では知っていました。自分のなかに、さまざまな感情のもとになるうごめきがあるということは。

 誰にも見せたくない、見られたくない、僕の本質というか、本心というか。

 誰もわかっちゃくれない。そういうあきらめ。そのいっぽうで「わかってくれよ」という悲しみ。自分で自分をうまく表現しきれない気がしていると思っています。

「本気でやってみよう」byバジル

 クラスメイトの前で、バジルさんの前で演奏をしてみました。

 曲は、来週やることにした、ある有名なバイオリンの協奏曲。

 本番の情景も浮かぶ。自宅での練習ではそこそこいい感じ。かつみさんとのレッスンでもヒントをもらった……。でも、なにか突き抜けないように感じていたところに、「本気でやってみようか」というバジルさんの問いかけ。

 意味が全くわかりませんでした。何をすればイイかもわかりませんでした。

 ただただ「本気で、この音楽をやってみよう」とだけ言い聞かせて体を動かしてみました。バイオリンを動かしていました。楽譜を目で追い、自分の動きをみて、音を聞いていました。

 自分の音を聞いていると、気に入らないこととか気づくんですよ。で、どんどんいやになっちゃう。でもね、本当に本気になるためにはどうしたらいいか考えました。演奏しながら……。

 「これが、ぼくの生涯最後の演奏になるんだ」と思ってみました。僕はもう二度とバイオリンをひくことはないんだとおもって、ひいてみると、うまいとかへたとか、音が楽譜通りになったとかならないとかは吹き飛びました。

 じゃあ、何が起こったか。「思った通りの演奏ができない」ということなんかよりも大事なことを思い出せました。「僕は、何をやりたいんだっけ?」

 2014年1月31日金曜日の出来事でした。かつみさん、ばじるさん、クラスのみなさん、読者のみなさん、ありがとう。

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