マンネリから目を覚ます劇薬をお届けします

誰が言ったか
「生きてるだけでまるもうけ」といった人がいました。

これって、本当にそのとおりだなって。

さりげない一瞬に、どれだけの価値がかくれているか、
ふだんのわたしたちはなかなか気づかないものですよね。

そして、さりげない日常とは、

死を知らずにいるか
死に怯えるか
死の恐怖から目を背けるか
死から生きる意味をとらえ直すか

どのようにでも過ごせるものです。

みなさんにとっての、音楽における「死」あるいは「死の恐怖」とは、どんなことでしょうか?

そして、どう付き合うことができるでしょうか?

「命がけ」という言葉があります。

みなさんは、どんな場面を連想しますか?

断崖絶壁の「ファイト一発!」でしょうか?
火曜サスペンス劇場の真犯人の告白シーンでしょうか?
お父さんが仕事に出かけてるのを見送るときでしょうか?

じつは「命がけ」というのは、
わたしたちが、どんな場面におかれているかは、
まったく関係がありません。

なぜなら、わたしたちは、

いつ、どんなときに死ぬか・死なないか、
事前には知り得ないからです。

たとえ余命宣告を受けていたとしてもです。

死刑の執行日の決まった死刑囚でさえ、
本当にいつ死ぬかは、だれにもわからないのです。

失敗するかもしれないし、
執行の前に別の理由で亡くなるかもしれないし、
死刑執行された夢を見ているだけかもしれない……のです。

こうして考えてみると、
「私は平凡な暮らしをしているんです」
と言ってみたところで、

なにげなくすごしている日常が、
じつは命がけの行為だったということに気付かされます。

であるならば、
音楽の演奏をするからといって、
いったい、なにを恐れる必要があるでしょうか?

この先の一生、危ない目にあわずにすむ方法を知っていますか?

いますぐ死ぬことです。

でも、死ぬこと以上に危ないこと――命がキケンにさらされること――ってあるでしょうか?

せめて音楽をする一瞬一瞬くらいは、
あらゆる困難が競い起こっても、
「わたしはやると決めたんだ!決めたところまでやりきってみせる!」と、
自分を励まし続けています。

そして、みなさんも、ご自身を励ましていっていただきたいと思います。

たとえ、みなさんが、自分で自分のことをあきらめそうになったとしても、ぼくはあきらめずに応援しつづけます。


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