まず自分を褒めてみる【価値ある自分を認めよう】

昨日のうしろアタマ完成形。

Ichiro Ishikawaさん(@ichiro_)がシェアした投稿 –

 自分で自分をどれくらい褒めていますか?

 世の中には素晴らしい音楽家がたくさんいます。そして、お忘れになっている方も多いんですが、あなた自身が、そうした素晴らしい音楽家たちとくらべようが無いくらいに素晴らしい音楽家の一人なんです。自覚していましたか?

ふたつのアイデア

 褒めるということに不慣れな人にとっては、ちょっと実験的なアイデアに思われるかもしれませんが、2つのアイデアをご紹介します。「賞賛する」ためのアイデアと、「賞賛を受け取る」ためのアイデアです。

本気で賞賛してみる

 誰かの話(体験談・旅行の話・自慢話でもなんでも)を聞くときがあったら、その話を、本気で「えっ?もうおしまい?本当はもっと話すことあるでしょう?」と問いかけてみると思いがけないお話をしてくれるようになるものです。

 無口で話したがらないようにみえる人にも、「どうでしたか?」と丁寧に心を向けていくと、本当に話したいことが見つかったときに、自然と言葉がでてくるようになるものです。

賞賛を味わい尽くしてみる

 たとえば、ステージで拍手を受けるところを想像してみましょう。拍手が収まるまで受けきってみましょう。会場いっぱいの聴衆からの惜しみない拍手を、「自分」のために精一杯応えてくれた「自分の全身ひとつひとつの細胞」に味わせてやるつもりで。

他人を褒める前に自分を褒めよう

 多くの人が「あの人は素晴らしい」と、他者への賞賛を口にします。これは素晴らしいことです。

 ここで気をつけたいことがあります。それは、他者を賞賛する裏で、自分をどう扱っているかということです。

 「あの人は素晴らしい」と人を褒めるのは簡単です。同じように自分のことも褒めてみましょう。なにかひとつ褒められそうなところを見つけましょう。

 せっかくだからあと2つ、全部で3つくらい「自分で自分を褒められそうなところ」を見つけてみましょう。

どうしても見つけられなかった人へ!

 褒められるところなんか3つも見つからない!だめなところなら3つどころかいくらでもある!というあなた!はい、あなたです。3つもダメな所があるとおっしゃった。それは素晴らしいことです。

 自分のダメな所を3つも自覚していて、それを自分に正直にいえるなんて素敵ですよ。そうおもいませんか?

 本当は3つのいいところも、3つのダメなところもそれぞれ言えるのに、いちろーたの文章に付き合ってここまで読んでくださっているあなた!はい、あなたです。もう最高です。いうことありません(感激)

 ねっ?どんなひとにも必ず素敵なところがあります。自分では素敵と思ってないことが、他の人から見たら得難い宝物だったりします。それぞれちがうからイイんです。

 さぁ、これでご自分の《褒められるところ》が3つみつかりましたね。本気で自分を賞賛して、その賞賛を受け取ってとことん味わいましょう。

無限大って、くらべようがない!

 ひとりの人間の価値が無限大だとしたら、ひとりひとりの価値の大きさを比べても意味が無いんです。無限大同士を比べても、どちらが大きくてどちらのほうが小さいかなんていえないからです。だって「無限大」だから。

 ひとりひとりが、それぞれに違うから比べようがないともいえます。

「こんな世界でも素晴らしいと思える自分って幸せ!」

どうせだったら、自分にとって建設的だと思える方向へと《自分の反応》を選択し続けてみよう

 私・いちろーたはいろんな人から「なんでそんなにポジティブなの?」と言われます。ポジティブであろうと、ネガティブであろうと、世界の現実は変わりません。ですが、自分から見える世界を変えることはできます。ちょっと飛躍してしまいましたので言い換えましょう。世界の出来事に対して、自分がどう反応するかは選ぶことができるんです。

 私にも、そして、私のところにレッスンを受けにきてくださる生徒さんにも、いろんな悩みがあります。

練習する気が起きない
大事な本番の演奏でうまくいかないかもしれない
他人の評価が気になって演奏に集中できない
仕事の依頼が来るか心配で眠れない
生徒さんに役立つレッスンが出来るほど経験が豊富ではない

……などなど。

そんなに不安なら一度じっくり向きあってみよう

 一度に一つでいいから、じっくり向きあってみましょう。ひとつ質問を投げかけてみましょう「それの何が自分を不安にさせているの?」

僕はこうして悩みをぶち破った〜いちろーたの場合

「生徒さんに役立つレッスンが出来るほど経験が豊富ではない」
「生徒さんの問題を解決できなかったらどうしよう」

 私・いちろーたは、こう思っていました。いまでも時折この考えが頭をよぎることがあります。「解決できない悩みなんかない」と信じているのに、です。

その不安って現実?それとも幻?

「生徒さんに役立つレッスンが出来るほど経験が豊富ではない」

 これを言い換えてみます。「生徒さんに役立つレッスンをするためには、ある経験が必要不可欠だ」と言っているのと同じです。これって本当なんでしょうか?

 他にも突込みどころがありそうです……。この考え方の背景には「ある問題に対処するには、その問題を解決した経験が必要である」という考えがあるように思えます。でも、これだと、人類史上初めて遭遇する問題に出会ったら誰も解決できないことになってしまいます。いかがでしょうか。

「生徒さんに役立つ」ってどんなこと?

 生徒さんに役立つってどういうことでしょうか。レッスンは、ある問題に対して解答を授けることではないです。私の理想とするレッスンとは、問題解決のためのプランを提案して、気に入ったものを生徒さんに持ち帰ってもらい、そのプランを生徒さんが実際に使ってみてどう変わることができるかという継続的な取り組みです。このことを、やさしい言葉で「教師の仕事は教えることではない。生徒さんが学ぶための環境を整えることだ」と言った人がいます。(そのとおりだ!そういう教師になろう!)と決めました。

 レッスンの理想からみたとき、「生徒さんに役立つ」ために教師が何をすればいいかと考えてみると……生徒さんの経験や発想を最大に生かし、教師みずからの経験や発想も総動員してひとつの問題にともに立ち向かっていくこと以外にありません。そのように取り組むなら、もはや経験が豊富か乏しいかを問うことは何の意味もないことです。

「経験が豊富」ってどんなこと?

 経験が無いよりあったほうがいいのかもしれない……それって本当でしょうか?役立つレッスンをつくるためには、どんな経験が必要なんでしょうか?生徒さんが抱えているのと全く同じ問題を経験している必要があるのでしょうか……?

 そもそも全く同じ問題ということがあるのでしょうか。全く同じというのは、起こり得ないはずです。もちろん、似たような経験をしたことがあれば、より良いレッスンができるかもしれません。ですが、自分の経験をかざして「おれにもそういう時があった。だからオレと同じように、こうやって対処すればいいんだ」と助言することが、はたして本当の指導と言えるのでしょうか?

 目の前の課題について「これで十分」といったんは立ち止まることが必要な場合もあるかもしれません。でも、「もっといい方法があるはずだ」「もっと良くなる余地があるはずだ」と、どこまでも可能性を追い求めていくこといくことこそが、演奏・芸術表現を追い求めるうえでは必要な方向づけだと思います。

 結局、「経験」そのものに価値はないってことだなと思うようになりました。経験をどう使うかこそが大事なんですね。


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